分かたれた魂を繋ぎとれ(ぬら孫+少陰)


強き想いが繋ぐ
心優しきものたちとの
時を越えた出会い―…



□分かたれた魂を繋ぎとれ□



はらりと舞う薄紅色の花弁。その向こう側に、切れ長の金の鋭い瞳と月の光を弾いた様な銀の髪を持つ男が佇んでいる。その背はもっくんの本性である十二神将騰蛇より低いが昌浩よりは遥かに高い。

黒い着物の上から見ても分かる様に体格もしっかりとしていて、少年というよりは青年と呼ぶべき年齢か。

淡く光る垂れ桜の下で、その人は何かを伝えようと口を開く。けれどもその声はこちらには届かない。まるで周囲の闇に吸収されてしまったかの様に、一音たりとも聞こえてこない。

「何って言ってるの?君は誰?」

そう問いかけても、自分の声も相手には聞こえないのか返事が返ってくることはない。

駆け寄って話を聞こうにも、見えない壁に阻まれてしまい相手に近付くことも出来ない。

そうして、どのくらい時が過ぎたのだろうか。次第に相手の姿が曖昧になり瞬きをする間に掻き消えた。

「…ぃ…、昌浩や〜い、朝だぞ」

ふと闇の中から浮上した意識が、子供の様に甲高い声を捉える。次いで押し上げた瞼の向こうに丸い夕焼け色の瞳と白いふわふわの毛が見えた。

「ん…もっくん?」

「おう。起きたか?」

ぱさりと、体の上に掛かっていた袿(うちぎ)を落とし、少年、安倍 昌浩は起床した。

「おはよう、もっくん」

傍らでお座りする白い物怪。それは大きな猫の様な体躯をしており、額には紅い花のような模様、長い耳が後ろに流れる。首周りを勾玉に似た突起が一巡していた。

しかし厳密に言えばその存在は猫でも物の怪でもない。とある事情から異形の姿をとってはいるが、その本性は誰もが恐れる驚恐を司る凶将。地獄の業火を纏う煉獄の将、十二神将をして最強の火将 騰蛇。またの名を紅蓮。
ただし、その至宝ともいうべき名を呼べるのは紅蓮と名付けた安倍晴明と本人が認めたただ一人のみ。

その権利を有するのが今目の前にいる晴明唯一の後継、紅蓮にとってもっとも大切な子供、昌浩であった。

「おぅ。早く仕度しないと彰子が起こしにくるぞ」

「うん…」

きちんと挨拶は交わしたものの、上体を起こしたままぼぅっとして中々動き出そうとしない昌浩に物の怪は首を傾げる。

「どうした?」

「うん…、何か夢を見たんだ」

「夢?どんな夢だ?」

まだまだ半人前ではあるが、陰陽師である昌浩が見る夢には意味がある。

夕焼け色の瞳でジッと見上げてくる物の怪に手を伸ばし、昌浩はその額にある花のような模様をさらりと撫でて呟くように言った。

「よく分からないけど、何だか悲しい感じがしたんだ…」

昌浩は夢の中に現れた青年のこと、覚えていること感じたこと全てを物の怪に伝える。

「そういえば、その人の瞳の色が紅蓮になったもっくんと同じ色だったな。混じり気のない綺麗な金色で…」

不意に脇に両手を差し入れられ、物の怪はひょいと身体を持ち上げられる。

「わぁ!何をする昌浩!」

それまで真剣に話を聞いていた物の怪は昌浩の突然の行動に非難の声を上げてじたばたと手足を動かした。

「ん〜、なんとなく」

「なんとなくじゃない!こらっ!下ろせ!」

がうっと噛みつく様に言う物の怪に昌浩は視線を合わせ、夕焼け色の瞳も綺麗だなぁと心の内で溢す。
意外と多くの感情を見せる瞳に満足してから昌浩は物の怪を床に下ろした。

「何なんだまったく…。それよりお前、気を付けろよ。何かの前兆かも知れんからな」

床に下ろされた物の怪は半眼で昌浩を見上げ、告げる。
それを真っ直ぐに受け止め昌浩は表情を引き締めた。

「分かってる」

返された力強い返事に物の怪は瞳を細め、ひょんと細いその尻尾を揺らした。






それから三日。
何事もなく日常を過ごしていた昌浩はこれまたいつも通り相棒の物の怪と共に夜警に出ていた。

「どうやら今夜も異常はなさそうだね」

天上に座す半分に欠けた月が道行く一人と一匹の足元を仄かに照らす。

「そうだなぁ。だがこれじゃぁ、お前の修行にならんな」

「ん〜、でもやっぱ平和が一番だよ」

そろそろ邸に帰ろうかと、ぽてぽて足元を歩く物の怪に言いかけて昌浩は表情を一変させた。
足を止め、堅い表情で周囲に気を配る。
同時に足を止めた物の怪も後ろにそよがせていた耳をぴくりと反応させ、ゆらりと動いた妙な空気に警戒の色を強めた。

「もっくん…」

「あぁ、この先に何かいる…」

突然変わった空気。
清廉な気に混じって異質な風が辺りに広がっていく。
そして何の前触れも無く、物の怪が昌浩の隣から飛び退いた。…次の瞬間、

「孫――!!」
「孫――!!」
「大変だ、孫―!!」

「のわぁぁぁっ!?」

昌浩の上に大量の雑鬼が降ってきた。
その重みに耐えきれずべしゃりと昌浩は地面に沈む。

「くぅっ…、許せ昌浩。俺は我が身が可愛い」

「…ぐぅ、…またお前らか!…祓うぞちくしょう!もっくんもちゃっかり一人で逃げやがって!」

わざとらしい演技をしてみせる物の怪を横目に昌浩はぐぐっと腕に力を入れ、起き上がろうと踏ん張る。けれど、雑鬼たちは退く素振りも見せずその上でぴょんぴょんと跳び跳ね続ける。

「おっ頑張るな孫ー」
「孫ー」

「〜〜っ、孫孫言うなぁっ!!」

あの晴明の孫、それは昌浩にとって一番の禁句であり、もはや条件反射で怒鳴り返してしまう程だった。がばりと気力やらなにやら勢いで身を起こした昌浩の上から雑鬼がきゃらきゃらと声を立てて転がり落ちる。

若干据わった目で懐から符を取り出そうとした昌浩に物の怪がぽてぽてと近寄り、ひょいとその肩に飛び乗った。

「まぁまぁ落ち着け昌浩。それより何が大変なんだ?」

戯れていても警戒を緩めない夕焼け色の瞳が雑鬼に向けられる。

「そ、そんなに睨むなよー」
「そうだぞ、心が狭いぞ式神ー」

「なんとでも言え」

大合唱でブーイングする雑鬼たちを睥睨し、物の怪は続けて言った。

「で、何が大変なんだ?さっさと言わないと、半人前でどこか抜けててまだまだ頼りないが将来多分きっと立派な陰陽師が、お前らをぱぱっと祓っちまうぞ」

「もっくん…。その言い方もっとどうにかならないの…」

口をへの字にして抗議してきた昌浩を物の怪はくるりと見上げる。

「じゃぁ、晴明の孫が…」

「孫って言うな!」

「だろ?そうくると思ったからな。俺は間違っちゃいないぜ」

それ以外で的確に昌浩を評したと、物の怪は飄々と言い退け雑鬼たちに視線を戻す。昌浩もどこか納得いかないながらも雑鬼たちの話を聞くべく耳を傾けた。

「………何だって!?この先に人が倒れてる?どうしてそれを早く言わないんだ!」

血相を変えて声を荒らげた昌浩に雑鬼たちは自分たちの言い分を募らせる。

「だってよぅ…」
「そいつの側に強そうな妖が彷徨いてて」
「オレたち怖くて怖くて…」
「孫を見たらホッとしてつい」


弱い雑鬼は強い妖に会えばあっという間に消されてしまう。後は逃げるしかないのだ。

「分かった。お前たちは此処にいろ。もっくん!」

「おぅ」

物の怪を肩に乗せたまま昌浩は駆け出す。異質な空気が漂うその先、人が倒れていたという辻へ。

「あそこだ、昌浩!」

蠢く影に先に気付いたのは物の怪だった。
今にも人に襲い掛からんとしている影へ向けて、走りながら昌浩は右手の刀印を素早く滑らせる。空で五芒星を描き、霊力を込めた鋭い声を影へと飛ばした。

「縛!」

縛魔の五芒が影を捕らえる。苦し紛れに暴れる影へ向けて昌浩は流れる様に次の刀印を切った。

「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」

呪言と共に振り下ろされた刀印が影を切り裂く。放たれた霊力の刃が影を跡形もなく消し去り、辺りを漂っていた妙な気も一緒に清廉な気に浄化されていった。

ほっと昌浩が安堵の息を吐いたのも束の間、いつの間に肩から下りたのか倒れた人の傍らにいた物の怪が険しい声音で言う。

「こいつ魂が欠けてる…」

「え?もしかして今の妖に…!」

「いや、違うだろう。それにこの姿…」

物の怪の隣に膝をついた昌浩はそこで、倒れている人物が自分と同じぐらいの歳の少年だと気付く。
柔らかそうな栗色の髪に堅く閉ざされた瞼。黒い着物の胸は上下しているがその呼吸は細い。欠けた月に照らされた幼い顔は青ざめていた。





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